魔王

  • 2013.04.07 Sunday
  • 13:35
こんな夜更けに、闇と風の中に地上車を走らせるのは誰だろう。
それは父と子だ。父はおびえる子をひしと抱きかかえている。
父 「息子よ、なぜ顔を隠すのだ」
子 「お父さんには魔王が見えないの。胸から血を流して、金銀妖瞳の・・・」
父 「あれは大ばか野郎だ・・・」
魔王「ミッターマイヤー、おれと手を組まないか。おれが正帝、卿が副帝、いやいや、その逆でもいっこうかまわぬ」
子 「お父さん、お父さん!きこえないの。魔王がお父さんになにかいうよ。」
父 「落ち着きなさい、お前の父親は立派な男だった」
魔王「ミッターマイヤー、俺と一緒に行こう。あのトリューニヒトさえやっていたことだ」
子 「お父さん、お父さん!見えないの、あの暗いところにウィスキーグラスが二つ」
父 「見えるよ。だが、あれは血の色をした夢だよ」
魔王「遅いじゃないか、ミッターマイヤー。お前の恥ずかしいあだ名がたまらない。マインカイザー、ジーク死!」
子 「おとうさん、おとうさん!魔王がおとうさんをつかまえる!魔王がおとうさんをひどい目にあわせる!」
息子はぎょっとして、車を全力で走らせた。あえぐ父親を両腕に抱え、やっとの思いで館に着いた・・・
生涯忘れられないことにウォルフ・デア・シュトルムが泣いていた。

愛と裏切りのラグラングループ

  • 2013.01.06 Sunday
  • 11:35
年末に封神サイトで銀英封神チャットを開催するにあたり銀英伝読み返してたんですけど、六巻冒頭地球衰亡の記録を見るにつけ、チャオ・ユイルンがやっぱ明らかにおかしいよね。
いやだって他のメンバー三人は敵襲で炎上する都市から脱出するときに「僚友の遺体を焼く煙にまぎれてかろうじて脱出」とか「下水道に潜伏して脱出」とか「勤務する鉱山の坑道に逃げ込み追っ手を振り切る」とかちゃんと無闇に詳細な記述があるというのに、彼だけどうやって逃亡したのか何一つ記述がないんですよ。
弱冠十九歳の。
それまで音楽学校で作曲の勉強をしてただけの。
日常生活では釣り銭ひとつ誤魔化せない気弱な萌えっ子が。
三歳の甥っ子を守りながら何やって荒くれ兵士どもから見逃してもらったんだよ……と言いたくなる腐女子は私だけじゃない、きっと。
何だい?そんなに記録に残せないようなことなのかい?(最高にイヤなニヤニヤ笑いをしながら)

でもカップリングはパルムグレン×チャオと二人に対して複雑な愛憎を抱いてるタウンゼント、ちょっと離れたところでチャオに恋人の面影を重ねているフランクール、あと全部知ってて叶わぬ想いを寄せてる甥っ子みたいなのがいいです。
いやパルムグレン(組織の精神的指導者)が一番包容力ありそうだし。
なんかそれってチャオ利用されてそうだけど大切にもしてくれそうだし。
というかそんな気弱な子が「下級悪魔も鼻白むような」策謀を駆使するとか、ぜったい恋のせいだろ……。
酷い目にあった自分にやさしくしてくれたとかだろ……。
(復讐のためだけとは思えない)
じゃあパルムグレン亡きあとのタウンゼントとフランクールの政争もきっとチャオのせい。
フランクールがクーデター起こそうとしたのはヤンデレたタウンゼントの魔の手からチャオを守ろうとしたせい。
チャオ、完全に他人事っぽかったけど仕方ないな。旦那死んじゃったしな。
しかし一方パルムグレンを喪った未亡人チャオは成長した甥に迫られ

禁じられた遊び

  • 2013.01.05 Saturday
  • 00:15
あなたはひっそりと目隠しをする。
余計なものが何も見えぬよう、自らの視界を布でもって覆う。
それが「ゲーム」のさだめなのだ。
視野がいっさいの意味を失おうと、だからといって言葉が導きになることは決してない。
あなたはそのことも知っている。
たくさんの声があなたに囁きかけている。それらは何一つ真実を含まない。仮に真実があったとしてもそれが嘘にまぎれているという一点に於いて既に真実ではなく、嘲る意図をあからさまにしたノイズに過ぎない。
あなたが頼れるものは触覚だけだ。あなたは闇に指先を彷徨わせる。闇から記憶を造形しようとする。
──確かに一度は見たのだ、あの完璧な構図を。
あなたは信じる。あるいは、信じようとする。
不意に白い女の貌がちらつく。
唇は謎めいた笑みを含んでいる。
(そうだ)
(そこに触れなければ)

(何も終わらない)

あなたは決意する。滑らかな紙片を手に取る。もう迷いはない。ノイズに惑わされることもない。
次々に────あるべきものを────あるべき場所へ。

すべての決着をつけ、あなたは視界を取り戻す。賞賛、あるいは果てしない侮蔑が待つ世界への反転。



……ここまで書いて思ったのだが今どきの若い子に福笑いは通じるのであろうか。
読み手があの悩ましいバカバカしい遊びを知らない場合この書き物の意味がすべて灰塵に。

舞台版銀河英雄伝説感想(3)

  • 2012.12.15 Saturday
  • 01:04
この間某動画サイトのヤンデレな妹に死ぬほど愛されてもマキャヴェリストな軍務尚書を見ていて、
「私は勅命と法によって自他の行動を律するものだ」
を塩沢さんの声で聴いた時に何かを思い出すと思っていたんですけど、あれ暁美ほむらだった。
「私は冷静な人の味方で無駄な争いをする馬鹿の敵」
ぜんぜん似てねーよ!
まあそう言わずに。
ラインハルトに至尊の冠を戴かせるため、そして理想の国をつくるため、何度でも銀河の歴史をさかのぼって魔法少女になる軍務尚書オーベルシュタイン。どうですか?萌えませんか?

銀河英雄伝説@TAKARAZUKAは、おそらくはそんな魔法少女オーベルシュタインがめぐった時間の流れのうちの一つです。
ソウルジェムは、多分義眼。

当然のように宝塚も初体験だった鳩野。
今回はQさんと、宝塚という言葉に惹かれてやってきたひつじ(原作は知ってるがだいぶ忘れてる)と、三人での観賞。
なおこの日は私の親知らずが第一次激痛期に入っていて、痛み止めの効果のほどで時間をはかるような状態であった……。(リングルアイビーは六時間だけどロキソニンは四時間!)
宝塚東京大劇場のほど近くに行きつけの歯科医があったのは天の配剤というか、とにかくこの日は五時まで仕事→歯科医→六時半には宝塚という物凄いスケジュールだった。死ぬかと思った。
そんな痛みに耐えて見てきた感想ですが、いや、宝塚ってすっごいですね。
ラインハルトがいたわ。
もう二年も前舞台化の第一報を聞いた時に私、
「え、ラインハルトを?日本人が?日本人に蒼氷色の矢を目から撃ち出せる人いたっけ?
などと暴言をはいたものですが。
宝塚って、本当に三次元ですか?(※二次元オタク独特の褒め方)
素晴らしい。
本公演から宙組トップスターに就任したという凰稀かなめのマント捌きは見事の一言。

さて描かれたのは原作の一〜二巻部分、キティ版帝国編と同じくリップシュタット戦役終結まで。
当然の抽出とはいえ宝塚版では大正解で、だいたいアニメ未視聴のこちらとしては、新無憂宮の荘重さ豪奢さがこの舞台ではじめて伝わってきた気がする。
なんせ田中芳樹の筆だと新無憂宮の黒真珠の間も同盟の最高評議会も、あんまりイメージに差が出なくてな……。いえそれはそれで個性なんですよ、好きですそういうところ。
だけどその上ダメ押しのように三巻以降のラインハルトが帝国宰相から皇帝への階段をダッシュして行くとそれに比例して舞台がガンガン簡素になって行き、諸将の参集したホールが「見事なまでに装飾性を欠いていた」と言われてみたり、もういっそ皇帝の結婚式さえフェザーン市民が使うそこらのホテルで挙式してみたり、今後宝塚でのやりがいが加速度的に減少していくのではないかと勝手に心配。
上演するかどうかもわからないのに大きなお世話だって?
うん、そうだね……。
あとはトリューニヒト。これも小説だけ読んでると設定はイケメンなんだけど扱いが酷すぎてなんでアレにみんな投票するの、という気が禁じえなかったところを、実際に華麗なるアジテーターもとい弁舌家としての姿を全面に出して説得力を持たせた宝塚の功績は大きい。
前述の通りジェンヌさんはとても美しく(しかしオフレッサー他はとてもそれっぽく)、台詞の滑舌が気になることも少なく、これで男役や娘役などの言葉も覚えられたし、ひとつの舞台芸術の極みだなあと思いました。あと小耳にはさんでいたオーケストラはやっぱり凄くよかった。音痴だけどレベルの高さはわかった。
あとヤンの役の人、むちゃくちゃ歌巧かった。何かと思った。
査問会はその調子で、全部歌って反論しろ。

まあ、だから。
その、なんだ。
シナリオさえもう少し……とか言っても仕方ないんだ!
あれは魔法少女オーベルシュタインが、ちょっとはっちゃけて踊っちゃった歴史ver.なんだから!!
「パウル〜駄目じゃないか、いくらなんでも自分自身を他人の手に渡しちゃったりしちゃ。うっかり投げ捨てられたりしたらどうするんだい?」(※加藤英美里の声で)
というわけでなんだか義眼をラインハルトに渡してころころさせていたのも仕方ないんです。
ラインハルトとヒルダとアンネローゼとキルヒアイスと、というかはっきり言って全員のキャラが違うのも、(しかしロン毛でドレスを着るヒルダは一見の価値)ヤンがまともに暴漢を撃退するのも!同盟側があまりに短縮版にされていたのも(物凄い駆け足でポカーン)、っていうかユリアンはヤンの相手としては完全にジェシカじゃなくてフレデリカ推しだったと思うんだけどーそんなこともまあ、大丈夫だ。

……だが、簒奪から禅譲への改変。
 テメーはダメだ。

 いやだってお前それ、百歩譲って原作者の歴史観を排除するとしても、
「幼年学校しか卒業していないラインハルト様が知ってる数少ない歴史の鉄則」
がなかったことになってしまうんですけど……。
 物語を恋愛関係で進めるのは必然性が理解できるので見守りたいのだが(オーベルシュタインが踊るぐらいだからな!そら時空も歪むわ!)、どっちかっていうとこういうわけのわからない点での改変が気になった。
 アンネローゼの隠遁する理由が「もう権力にはうんざり」だったり。
 ラインハルトがいつか国が滅びるのを嘆いてみたり。
 ヴェスターラントの描かれ方に至っては、キティ版よりひどいと思いましたYO!
 いやだって核攻撃を止めるか決断できなくて迷ったあげく「やっぱりやめさせる」とほざいたら、予定が早まって既にヴェスターラントが壊滅しているという……ってこれアニメを参考にしているのか。しかし悪いが、宝塚版のシナリオを見た限りでは、ないな。
 このラインハルトは私の知ってるオーベルシュタインなら間違いなく見捨てているので、やっぱり魔法少女だったんや……。
 あとシナリオが崩壊するレベルで戦いの順番がばらばらになってて、なんかイゼルローンに辿りつくためにアムリッツァ戦をやる、みたいなわけのわからないことになっていたのですが、もうよく覚えていない。
 当時の自分のメモ書き。
「椰經悗惺圓ために牧野で戦ったみたいな…」
 赤壁で負けて長坂へ逃げる、みたいな。

 あ、でもヅカ版はキティ版が本編では取り落とした捕虜交換式と、キルヒアイスの「君はいくつですか?」からはじまる台詞は全部きっちり入れてくれて、それはすごくよかったです。
「頑張りなさい、と、言える立場ではありませんが、元気でいてください」
……しかしヅカキルヒアイスのお花ちゃんぶりはキティ版とあんまり変わらないので、なんとここでリンチ関連の陰謀を知らないことになっている。(救国軍事会議のクーデターはオーベルシュタインとラインハルトが二人で仕組んだという話)
 ヅカではキルヒアイスをラインハルトの心の天使(爆笑)として位置づけていたので綺麗にしときたかったんだろうけど、逆説的に原作キルヒアイス、お前自分で捕虜の中に工作員混ぜておきながらあんな爽やかな顔してたのか…ってここではじめて思い至った。
何それこわい。

その他。
・「宝塚だからって歌うとは限らない」という前情報をですね聞いて、そんなもんかなと思って行ったんですが、初っ端から歌いまくりだったよ!超歌ってたよ!!
・ラインハルトがオーベルシュタインの言葉に揺れるところで歌うのが、「私の中の天使と悪魔」。
・なお歌に合わせてオーベルシュタインがラインハルトのマントにくるまったりキルヒアイスが踊ったりする
・あ、オーベルシュタインは超イケメン。ジェンヌだけど。超イケメン。
・「帝国軍に女性はいない」というラインハルトに「じゃあ髪を切って軍服を誂えて着てきます」と言い実行する伯爵令嬢。
・誰か止めて教えてやれ、それはコスプレだと。
・ハンス「うちのお嬢様がコスプレ趣味の男にぞっこん!?」
・ラインハルトがキルヒアイスの前髪をいじるのはそんなに必要な動作だったのか。よくやった。
・劇終後のラインダンスやらレビューやら(実はあんまり区別がついてなくてすいません……)、すっごく綺麗で華やかで一糸乱れぬ動きで、見ごたえあった〜!結構宝塚にはこういうのを求めている節があったので大満足です。
・そして最後は羽根しょって出てくるラインハルト様が全部持っていったんですよ……すげー!あれすげー!!三人とも感動して終演となりました。

……というわけで、やはりタカラジェンヌのレベルは高い。さすが二次元一歩手前。
 問題はシナリオだ。
 だから宝塚さん、次に銀英から素材採るなら、
 名君マクシミリアン・ヨーゼフ二世と侍女上がりの皇后ジークリンデあたりやりませんか。
 みんな一度は見たいだろ!?宝塚っぽいよ!どんだけ捏造しても誰も怒らないよ!!
 私はその冒頭で弾劾者ミュンツァーが見られたら悔いはないかな。
 キティ版は対抗するなら、カスパー二世とフロリアン少年・愛の逃避行編でひとつよろしく。

舞台版銀河英雄伝説感想(2)

  • 2012.12.01 Saturday
  • 03:04
先日から引き続き、一介の原作ファンの原作ファンによる、原作ファンのための舞台版銀英伝感想のお時間です。
明日はQさんとカラ鉄で外伝二本をぶっ続けで見るというアレなイベントが待っているので、この辺でちゃんと仕上げとかないとおっつかない。

帝国編。
この八月、外伝公演真っ最中の天王洲アイル銀河劇場で行われた、DVD鑑賞会とゆうもので鑑賞。
日時は八月十一日、すなわち夏コミ二日目の午後。
今回サークル参加してなくてよかった……買い物してダッシュでりんかい線でした。

さて、この時一応暗がりの中殴り書きでメモをしていたので、解読できる範囲でこれに基づいて書いていく。
とりあえずのまとめとしては
「キルヒアイスがお花ちゃん(※何より致命的に身長が足りない)」
「フリードリヒ二世がデカダン」
「アンスバッハ無双」
「ラインハルト・フォン・ローエングラムをまともな人間として描こうとするとただのバカになってしまう」
 こんなところだったかな。
 最後のは真顔です。

 キルヒアイスは本当に存在感が可憐だった。
 お花じゃなければ子鹿ちゃん。
 確かに原作でも一種儚い役どころではあるんだけど、親友を庇って凶弾に倒れるというシナリオにも関わらず、小説はあまりそれを感じさせない。
 やっぱでかさとガタイの良さに加えて、ラインハルトと二人の時のイニシアチブを完全に握っているからだろう。
 あんなに優しい物柔らかい出来た人と評価が固まっているキャラなのに、何故だろう、あの態度に一種のふてぶてしさすら感じるのは……。
ひるがえって舞台はといえば、ラインハルトに呼ばれてオーベルシュタインとの間に割って入るシーンひとつ取ってもなんつーか、擬音で言うなら
ぴこっ!
 って感じ。
 原作キルヒアイスがラインハルト様の盾ならば、舞台キルヒアイスはいいとこ防犯ブザーである。
 ただしここでひとつ強調しておかなきゃいかんのは、キルヒアイス役の役者さんが決して下手ではないということです。
 むしろ自分の方向性を見極めて、彼なりに役柄をきちんと作っていた(ように感じた)。身長はもう仕方がない、ご本人のせいではない。むしろキルヒアイスに彼を抜擢したのが間違っていたというなら間違っていたということになるのだが……。
 好演だからこそ、ひとつのキャラクターを出してきたからこそ、物凄い得も言われぬこの面白違和感。
「キルヒアイスちっちぇえー……!」
 直後の飲み会でQさんと何度叫んだかわからない。
 この一事で私の脳内から、どんだけ色んなことが吹っ飛んだであろう……。

 でも吹っ飛び続けても仕方がないので、次。

 アンネローゼ役の女優さんは、さすが宝塚出身に恥じない優雅な好演で魅せてくれた。
 まあ私の暗闇での殴り書きを見ると、「アンネローゼの最初のドレス、あれはない」と書いてあるのだが。いやあ、ビニールかなんかかと思いました。演技がいいだけに惜しい。
 そんでフリードリヒ二世がですね……。
 宝塚版を見た今になって見るとこれでもまだいい気がするんだけど、でもやっぱりなんだろ、銀河英雄伝説にそういうものは求めていないんだよ。たとえばアンネローゼがフリードリヒ二世にある程度情を移してしまうとか、そういうことはそりゃ原作の裏でだっていくらでも有り得ることだし、それに全く気がつかないラインハルトはどこかに決定的な欠落を持っているのかもしれないけど、でも銀英伝はそういう話にしてほしくないのです。フリードリヒ二世は確かにラインハルトが考えているほど単純な世界には生きてないだろうというのは原作の端々からも伺えるんだけど、舞台の彼はその比じゃなかったね。
「予は美しいものが好きだ……フフ。そなたの弟も美しいからな」
 まあここは面白おかしかったからいい。(台詞はとてもうろ覚えですが)
 でも皇帝崩御後のアンネローゼの、
「あの薔薇は……陛下がとても大切にしていた薔薇なの」
 正直言ってここの改変は完全に出しゃばったと思います。
 原作厨として言わせてもらう。
 私はそんな安い人間ドラマもどきよりも、
「もう姉上に苦労はさせません」
 が聞きたかったね!!!
 喪服のグリューネワルト伯爵夫人アンネローゼはとても美しかったのだが。
 アンネローゼといえば話が前倒しになるけど、
「かわいそうなラインハルト……」
 からはじまる姉弟決別の場も、できることなら全部原作通りにやってほしかった。
 彼女なら言いきれるやろー。セリフ回しダントツでこなれてたし。覚えきれないなんて言わせるものか。ただの信者が全部言えるといえるのに。(据わった目を血走らせながら)

 アンスバッハ無双。
 いやだってもう、錯乱したリッテンハイム侯爵まで、
「大貴族として見苦しく生き続けるよりこのほうがご本人の為かと」
 とか何とかゆって指環ビームでSATSUGAIする准将には全観客が騒然ですよ。
 ブラウンシュバイク侯はですね、あれ見てたんだからちょっと警戒しようぜ。(舞台の彼は原作と違い完全に一服盛られているだけでした)(しかし自棄になって酔っぱらいドイツ語の歌を口ずさむブラウンシュバイク侯は物凄い名演でした!)
 あっでもそういえば原作と違ってオフレッサーを殺ってないから、その代りという見方もあるんですかね。オフレッサーは何故か中国式に自刎したので。
 代りで殺されるリッテンハイム侯もいい面の皮だよ。

 ヒルダは演技がちょっと騒々しくて苦手だったな。
 原作を読んでたらああはなるまい。原作を読まなくてもいい演技をする人はたくさんいらっしゃると思いますが。

 その他ちょこちょこ感想。

・ラインハルト麾下の提督たちが一人ずつ自己紹介みたいに演技するところ、面白かった。
 射撃のジェスチャーしたのはルッツだよね?なんか彼の「射撃が巧い」設定が唯一最大限に生かされたとこは戦死シーンと直結しているから若干胸が痛いんですけど。(しかも「故人となったジークフリード・キルヒアイスには及ばないが」とかいう註釈をつけられて更に不憫な設定)
・ビッテンフェルトもオモシロキャラとして存分にその魅力を発揮。
 「ファイエルと怒号しながら突進するキャラ」として正しく定義されていた。
 ところで同盟編で突っ込み忘れてたんだけど、帝国はちゃんと「ファイエル!」なのになんで同盟は「ファイアー!」じゃなく「撃て!」だったのだろう?河村隆一だって間違いなく「ファイアー!」って言いたかったはずだ……。
 ビッテンフェルトは元帥府にやってくるヒルダのシーンの痛々しさ(悪い意味で)も、かろうじてギャグとして救った。お手柄。

・艦隊戦が群舞なのは、純粋に感動した。その発想に。
・冒頭、「遠く、さらに遠く!」でやっぱり引き込まれたし。
・あ、私の最近の萌えキャラシュナイダーがちゃんとイケメンでねー!演技がちょうよかったです。敬愛する上官メルカッツのことになるとすぐカッとなる感じ、いいよ君……その路線いいよ。必死で自殺を止めて亡命を勧めるとことか、思わず駄目な方の自分が身を乗り出したよ。
 しかし彼のゆるぎない忠誠の対象たるメルカッツは、米米クラブなのであった。

・オーベルシュタインの義眼が光る……だと……。

 オーベルシュタインで思い出したけど、彼、劇中で
「陥落したイゼルローン唯一の生き残り」
 みたいなこと言われてませんでしたか。
 笑い(を堪えるあまり呼吸困難で)死ぬかと思った。しかも舞台では捕虜交換のくだりも省略されていたので、どう見ても皆殺し扱いである。どんだけ血腥い戦法取ったんだよそのヤン・ウェンリーはよ!!お前も黙って肯定するなよ!!(オベに)
 そしてそのイゼルローンが陥ちた一報からこっち、帝国軍に何かあると「またヤン・ウェンリーか!」で、私の愛する流血を嫌う歴史学者志望の穏やかな青年が、完全に凶事の権化のようだった。いや、確かに間違ってはいないんだけど……。
 原作を知らずにこの舞台を見に来た人の胸の中には、「極悪非道のヤン・ウェンリー」「皆殺しのヤン・ウェンリー」が深く刻み込まれてしまったのではないかと気になって仕方がない。なんかすごい陰険なの。オーベルシュタインとオフレッサーを足して割ったようなの。
 そしてラインハルトはアホの子。

 そう、ローエングラム公ラインハルトですよ。
 子役が適当に見繕えなかったのかなんなのか、松坂桃李氏23歳(当時)が幼少時回想シーンまで自分でこなす(そして雑巾がけをする)という離れ業でまず戦慄。人それを幼児退行という。
 滑舌が悪いのはどうしても気になった。
 まあでも元々、役者さんに多くを期待するまいと思ってはいた。
 だって原作に忠実なビジュアルとか日本人には、というより常人には不可能だろ!(と、思っていました。宝塚を見るまでは)
……ただ今回改めて思ったんだけど、原作ラインハルトって行動原理は単純なんだけど、思考回路は若干宇宙なわけで。色んな意味で。
 そこを故意にかもしれないがねじ曲げた上で変に陰影つけちゃうと、ジョバイロもびっくりの喜劇に。

 だからお前、ヴェスターラント、なんで虐殺映像見て後悔した……?

「俺はなんてことを!」はいいんですけど、言う場面が明らかに間違ってやしないか。
 ここで見過ごしたら無辜の民衆二百万人が虐殺されることを知っていて、それでも大義のために手出ししないことを決めたんじゃなかったのか。
 自分がやったことの結果として何がついてくるのか、自覚がなかったとしか思えない演出はいただけない。「想像力が欠落していた」「予想しうる最悪の結末になってしまった」とか、そういうレベルじゃねえんだぞ。ガラスに石を投げたら割れるぐらい当然の犠牲だったのだから、ラインハルトはそれを目の当たりにしても(たとえ内心激しいショックをうけたとしても)平然としていなければいけない。
……ただどっちかというとなんとなーく、制作側は、「ラインハルトがどこで後悔したのか」をすり替えに来てる感があるなあとも思うわけで……。
 本当にわかっていないのかそれとも故意なのかはともかく。
 原作でラインハルトが本当に動揺したのって、やはりキルヒアイスにマジギレされたからなわけですよ。
 ラインハルトの冷徹な政治家の視界を乱すのは、姉とキルヒアイスだけなのです。
 で、キルヒアイスに諭されて、かなりうろたえながらも割と自己正当化しつつそうだキルヒアイスの特別扱いももう止めようそうしよう→特別扱いを止めて拳銃の携帯をやめさせた途端にキルヒアイス死亡。ここではじめて全部まとめて大後悔。
 まあ若干、人としてどうよ、というのは私も思わなくもないのですが、やはりヴェスターラントだけとってみると政治的には正しかったという見方も依然として強いし、どこからどこまでが何に対する後悔なのか、というのは多分本人ももうわからないと思います。
 だけどそこ、敢えて区切らなくてもよかったと思うんだ……。
「原作より人間らしいラインハルトだ」という評があるようですが、叫んで歩きまわって頭を抱え込んで、というだけが悩みの表現ではない。
 もしも「人間らしく描こうとした」結果が舞台版ラインハルトだとするならば、その「人間らしさ」の概念が非常に貧しい、陳腐なものだと言わざるをえない。
 まあでも舞台版ラインハルト様、同盟の補給線を限界まで伸ばしてから徹底的に叩くくだりも捕虜交換を申し入れる一方で同盟のクーデターを使嗾するくだりも捕虜にしたオフレッサーを無事に返して貴族連合に猜疑と相互疑惑の眼を起こさせるくだりもなーんにもなかったので。
 単にちょっと足りない子だと思ったほうが、まあ、マシかな。

 キルヒアイスを喪って精神的ショックのあまりヨロヨロしているラインハルトのふらつき方が父親と似ていて、なんか若干血の繋がりを感じたが多分そういうことじゃないよね……。
 というかラインハルト父役の堀川りょうさんが、アニメではラインハルト役を演じていたのを知って驚いている。
 そういえば私赤金とかそういう暗号にはとんと縁がないんですけど(銀英では)、今回あの二人
「閣下」
「閣下って呼ぶな」
「すみません、ラインハルト様」
 みたいなやりとりむっちゃ繰り返してたよね……。
 何か狙ってるんでしょうか?いや、キルヒアイスはもうちょっとデキる子だとおもいますよ。
 あと、
「俺は宇宙を手に入れられると思うか?」
 に対する答えはやはり短い台詞なんだからちゃんと言ってほしかった。
 こういうとこ、信者に重要なんですよ。
「ラインハルト様以外の何者に、それが叶いましょう」

……あれこれ言ったけどやっぱり見ると面白かったんですよ。
三章は同盟編で「内乱」らしいので、宝塚ではこのへん物凄いスーパー省略版だったので大変楽しみです。
次に帝国編をやるならもう皇帝エルウィン・ヨーゼフ誘拐あたりからはじめてアスターテまで行っちゃってもいいんじゃないかと思うんだけど、どうなるのかなー。楽しみだなー。
しかし今現在漏れ聞こえる11月の外伝の評判は、控えめに言って阿鼻叫喚で……。
明日はどっちだ、銀英伝。

舞台版銀河英雄伝説感想(1)

  • 2012.11.22 Thursday
  • 00:10
最初に言っておく。
どれも面白かった。
私が見ているのは今のところキテイ版同盟編と帝国編DVD、それに@TAKARAZUKAのみだが、見なければよかったというようなものは一つもなかった。
ただし更に念のために言っておくと、鳩野は基本的に重度二次元キモオタである。
それはつまり三次元の人間にはアイドルだろうが俳優だろうが興味がない、いわゆるナマモノはかじったこともない人間ということです。
舞台といえば小劇場系に年に一二度行くだけ、こんな大きなハコの公演を見に行ったのは……もしや学生時代の仮名手本忠臣蔵以来。
宝塚も本当に行ってみたかったので、きっかけがあって嬉しかった。
全体的にはこの企画があって、本当によかったと思います。
駄目押し。

……では一介の原作ファンの原作ファンによる、原作ファンのための舞台版感想のお時間、はじまるよ。



最初は同盟編。
4月20日、東京国際フォーラムにて観賞。
限りなく私事ながらこの頃の勤め先のビルが国際フォーラムのど真ん前、それもCホールに入る人間が職場の窓からばっちりフォーカスできるレベルだったので、出入りする時は若干緊張していた。(まあ地下から入ればいいんだけど)
この舞台がどれだけ突っ込みどころが少ないものだったかは、帝国編を見た今になってしみじみと噛みしめています。
や、本当にスゴかった。これはやっぱ半ば以上が河村隆一の功績だと思うんだけど、ヤンのキャラにぶれがないのが素晴らしかった。
アニメは未視聴の私ですが、アニメを見ていた人の声。
「河村隆一はいつからイタコに」
……降ろしたよ!憑いたよ!!(富山敬さんが)

アニメの声の話はさておき同盟篇のシナリオもやはり舞台化にあたって再構成されていたのですが、そのシナリオから役者が必死で小説の人物を引き寄せようとする努力を、私は確かに感じることができたと思う。
河村隆一ヤン、ご本人が物凄い銀英ファンだという話でしたが、なんかもうあれは芝居がどうとかいう次元ではなかった。
あれは、オタ芸。
私も配役を聞いた瞬間は愕然として動揺と罵詈雑言を浴びせたうちの一人だが、今その言葉を全て撤回しよう。
「いい演技でした」じゃない。
「いいなりきりでした」だ。
なりきりも続ければ芸になるのだと、観客が思い知らされた二時間だった。

……まあ気になるところはないでもなくて、私の中でヤンは苦悩もするし矛盾もあるけど、一線で「悩んでも仕方がないところ」を見切っている印象が強いのでどっかあっけらかんとしてるキャラなわけで。
その辺の描かれ方が弱いので、ひたすら自分が戦争に加担することに否定的なだけのしょんぼり人格に見えたなあとか。
まあでもその辺は多分、河村隆一が萌えているのがヤンのそういう部分なのだろうと思えば納得する。
腐女子、こういうとこも強いんですよ。

他のキャラの扱いはおおむね違和感なく、ビュコックやムライもいい味を出していました。
え、フレデリカが「信じています」以外の台詞をろくすっぽ言わないのはどうなんだって?
大丈夫、ある意味キャラ合ってるから。
アッテンボローの影が薄くて寂しいという意見もちょくちょく舞い込んでくるけど、この時点(※原作アムリッツァ戦直前まで)の原作ではそもそもアッテン何もしてないからな……。
それがどうした。
ローゼンリッターとエースどもの賑やかな喧嘩の真ん中で一人真面目くさった正論を吐きだすユリアンは、なんかこっちも反応に困る感じだったが、その後のポプランとの関係は面白かった。チョコレートボンボンネタとか、地味なとこ拾ってくるなあ。
でもこの時点で14歳のはずのユリアンの身長が、ヤンを既に越してるのはどうかと思った。
役が決まってからどんどん背が伸びてしまったらしいので誰も悪くないけど、おかげでヤン家がどことなくおかしな空気に。自宅に帰ってきたらでかいエプロンの若者に出迎えられるヤン提督。自分よりでかい子供を手を伸ばして撫でるヤン提督。あまつさえラストに持ってこられた「僕と提督同じ星を見てましたよ」のシーンでは何故か二人が寄り添っていて、ここにいたってもう一人の自分が脳裏でささやいた。
「ゲイの同棲……。」
そりゃジェシカも身を引くわ。

ジェシカといえば田中芳樹もまさか、一番序盤に出てきたささやかな恋愛ゴタゴタが舞台でここまでクローズアップされるとは思うまい……。

あとのやむを得ない突っ込みどころはシェーンコップが瀟洒な紳士というよりウェールズの土豪かなんかみたいだった(羊を丸焼きにしてそう)ことと、冒頭でロンゲスト・マーチこと長征1万光年がダンスとラップで表現されることですかね!!
前者はまあ、いいんだ、役者さんのプロフィール「旅芸人一座の奈落で生まれる」でなんとなく納得したから。
後者は原作を知っていても全くわからない!!!
フードをつけて踊り狂う人々から歓呼の声を浴びながら、何やらずるずるした衣装をつけたアーレ・ハイネセンが出てきた時、隣にいたQさんは地球教の教祖かと思ったらしい。無理もない。ハイネセンそんな変な格好してないもんな多分……。だって元はドライアイス鉱山の労働者じゃないですか!
んでハイネセン亡き後唐突にラップがはじまったので、この歌い手がてっきりグエン・キム・ホアかと思ったらそれも違ったようだ……。(そんな斬新なキャラ解釈をされても困る)
私はズルをして前情報を知っていたのでそこまでポカーンとはしなかったけれど、冒頭ダンスが終わった時には、Qさんをお誘いしたことを心から後悔していたことを今はっきり思い出した。
良かった巻き返して。
(映像で貴水博之、もといオーベルシュタインも出たしね)(出た瞬間横のQさんが動揺する様子が、何やら暗がりの中でも手に取るようにわかりました)

同盟編その他。
・書割へのスクリーンや投影をふんだんに使った視覚効果は、見慣れない目にはとても新鮮で面白かった。今の舞台ってこんななのか。
・冒頭で死んだはずのラップが回想でばんばか再登場。ラップであんだけならキルヒアイスはどんだけ来るんだよ!今後帝国編の半分ぐらい占拠してもおかしくねーよ!亡霊ラップがヤンの落としたベレーを拾い上げて渡すなら、亡霊キルヒアイスはラインハルトを銃口から守りかねない。(多分キュンメル事件あたりで)
・ビュコックの糾弾からフォークがヒステリー性発作で倒れるまでの様子が両者とも名演すぎておののいた。が、いかんせん遠征前の会議でこのシーンをつかってしまったので(多分アムリッツァは同盟側からはやらない)、なんでそんな男の案を最終的に採用したんだよ……という深刻な疑問が残った。
・鳩野が笑い死にしたQさんの感想。
「憂国騎士団のビジュアルがどう見ても映画泥棒。
 感動が盗まれている」

補足

  • 2012.10.11 Thursday
  • 17:49
メールフォームについて。
メールフォームですが未着に焦って設定の変更をいたしました際、エラーが出るようになってしまっておりました。(10/09)
これもお知らせをいただいて気づき、修正した結果、現在は問題なくご利用いただけるかと思います。
重ね重ね皆様本当に申し訳ありません。そしてお知らせをありがとうございます…!
これに懲りず今後もどうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申しあげます。

水蒸気、おぼろ月

  • 2012.08.05 Sunday
  • 03:12
今年は夏コミにサークル参加しません。
相方は屍鬼で申し込んだけど落ちたので、二人して夏をだらだらと過ごしている。
それにしてもサークル参加に完全に無縁なコミケは六七年ぶりぐらいであります。
で、この時期なのに物凄い暇なのに若干びっくりして(いや本当はアンソロの〆切が20日なんだけど)調子こいてこの時間まで丹念にサークルチェックをやってしまいました……。わー疲れた!でも楽しかった!やる気がもりもりわいてきたー!エウメネス受けとかジン×キッドとかあったよすげえな!!コミケの素晴らしさを再確認。(そんなことで)
いや、やっぱ自分が一般参加だと心に余裕ができるものです。まあ冬コミあたりには多分また参加せずにいられない気がするんですけどね。
ともあれ当日倒れないようにがんばろう…。

昨日は吉田健一が読みたくなって吉祥寺で降りてTSUTAYAで返却するついでにブックオフに行ってみたんだけど、探し方が悪いのかブックオフにはなんと一冊もありませんでした。ちょっとショックでした。
代わりによしもとばななの「N・P」をひゃくえんで買ってみましたよ。
ばななさんの小説の中には、私にとって物凄く特別な話があります。
それは「白河夜船」という短編集の表題作で、はじめて読んだ当時本当に私の為に書かれたんじゃないかと思うような、その時の私が欲しかった言葉が全部あるような話だったのです。別に境遇が似てるとかそういうわけでもなかったのですが、ヒロインにあんなに自分を重ねたことはありません。
それで逆にこの一冊があればもうなんにもいらないや、ってなりそうになったんだけどそれはそれとして他の著作も何冊か手に取って、物語によって印象の濃い薄いは大分差がある作家だなと思いました。
未だに全部制覇はしていません。大変だし。
エッセイはなんとなく嫌な予感がするので、買わない。
印象の濃い物語たち……
「キッチン/満月」
「ハードボイルド/ハードラック」
「イルカ」
「デッドエンドの思い出」中の「おかあさーん!」
いちおう「TUGUMI」も、そして今回の「N・P」も。

さて、吉田健一は結局地元の本屋で新品で買いました。
「金沢」が読みたかったのだけどなかったので、「絵空ごと・百鬼の会」を買いましたよ。
別に新品で買いたくなかったわけでもなくて古い作家なのだから古本屋のほうがあるかなと言う程度の浅い考えだったので、それが外れていたのがなんだか悔しい。大型新古書店って本当に売れ筋しか置かないのだなあ。吉祥寺のブックオフは四階まであるのに!漫画は結構マイナーでも置いてるのに。
ちびりちびりと読む予定。

風の夏の夜の声

  • 2012.08.01 Wednesday
  • 23:33
絶チルが再アニメ化ということでまた盛り上がってるのかなあと思いながら実はアニメ自体に興味がないのであまり情報を集めてはいなかった鳩野ですが、今週の展開には電流が走ったかと思いましたね!
何度も皆本が悪夢に見てきた予知された未来の情景、分かり合えなかった悲しい運命の相手をビルの屋上に追い詰めて銃を向ける――。
ただし今回はその対象が、薫ちゃんじゃなくて兵部っていう……。
なんか燃えと萌えの最大風速が相和して凄いことになった!心臓久々にずきゅんってきた!!そもそも私別に皆兵じゃなくて、兵部が好きだけど本命カプは真木か不二子だと思ってたのに……。
つーかブログで真摯な目をして「BLとやおいの違いについて」とか考察してしまう作者様の作品で、ガチで萌えていいのかという気持ちも正直強い。
まあ多分今回兵部にはなんか考えがあるんだろうけどネー。
ちび京もどんどんかわいくなってきたネー。
どうでもいいんですけど京介さんにガチで萌えてしまうと、わたしの年を取らない少年コレクションにまた一人。

昨日はサン=テグジュペリの忌日でした。
もう十年ぐらい、「ニコルが死ぬならサン=テグジュペリみたいな死に方がいい(※単機出撃後海上で消息を絶つ)」って言ってるんですけどまた言います。凄い似合うと思う。マジで、いやマジで。
ひとつよろしく。
何がだ。



夏が夏を押し上げるこの時期に思い出す句、うたなど。

土用波ものの始まる暗さあり
短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてっちまおか)
重ね貼る鬼除け護符や夏山家
夫恋へば我に死ねよと青葉木菟
野馬いくら馳けても夕焼の裏へ行けず

……行き悩む牛の歩みに立つ塵の風さへ熱き夏の小車

で、歳時記が欲しいのであります。
いや、高浜虚子の研究をしていた祖父の遺品で虚子編の歳時記なら一冊あって、季題については最近の本にはないものが取り上げられてあったりして面白いのですが、一時期杉田久女に著しく傾倒した身としては虚子があまり好きになれないのですよ……。捲れば捲ったで取り上げられている句の虚子率が半端ないしよう。

「江戸っ子の風呂」から「普通の風呂」ぐらいにはなった今日の気温

  • 2012.07.30 Monday
  • 20:04
美容室に行って数日も経たないうちに街で美容師に声をかけられるとショックですよね。(近況)
いやでもいいのだ、そんなことは些細なことだ、鳩野さんのこの夏の目標はホモ話の原稿をまともに終わらせることと、丸ごと冬瓜の蒸しスープをつくることなのだから。そのために切らしていた干し蝦も干し貝柱も買った。しかし手ごろな大きさの完全体冬瓜がどうもここらには売っていない!築地は最後の手段だが、この西の果てまで持って帰るのも重量的に避けたいところです。どっかないかなー。

あ、へうげもの15服を買いましたよ。関ヶ原周辺は雑誌では今一つ楽しめなかった辺りでしたが、まとめて読むとなかなか面白いですの。しかし信長、利休、秀吉、といった時代に燦然と輝く強烈な個性が順番に退場してから、まだ今一つ強烈な引力のある人物が出てこないのでもどかしいのである。
というかそろそろ主人公殿が彼らに列する光芒を発さねばならない時期に来ている筈なのですが、なんだかいまだに修行中という感がぬぐえないのはなんなのか……。
家康は正直引くわあ。
とゆうか関ヶ原後からの徳川の豊臣残党包囲網は、どんな媒体で読んでもだいたい戦慄の二文字なので、もう今から胃が痛いっていう。
それでも結果的に徳川の治世下でおおよそ二百五十年の太平が築かれたのだと思うと全てを許容せねばならんのかなあ……とその辺の話を読むたびに遠い目になってしまう。
二百五十年って軽く言うけどその後の尊王国家なんて百年保たなかったし、今の民主国家だってまだ六十七年ですよ。
1615年の元和偃武から六十七年ってったら元禄文化まっただ中でウィキペディアによると天和2年、好色一代男が出た年ですよ。
これはこれで遠い目になるね。